酸化ガリウムトランジスタの世界最高性能を更新
– 新規ガードリング構造を採用し、従来比3.2倍のパワーデバイス性能を実証 –
(株)ノベルクリスタルテクノロジー(本社:埼玉県狭山市、代表取締役社長 倉又 朗人)は、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度(JP004596)「反転MOSチャネル型酸化ガリウムトランジスタの研究開発」において、パワーフィギュアオブメリット(PFOM)が1.23 GW/cm2である酸化ガリウム縦型MOSトランジスタ(β-Ga2O3 MOSFET)の開発に成功しました。本PFOM値はβ-Ga2O3 FETにおける世界最高値であり、他の研究機関が発表しているβ-Ga2O3 FET最高値の3.2倍です。
本開発の成果により、パワーエレクトロニクスの低価格化や高性能化につながる、中高耐圧(0.6-10 kV)の酸化ガリウムトランジスタの開発が大きく前進します。また、将来的には、産業用インバーターや電源などのパワーエレクトロニクス機器の効率向上や小型化により、自動車の電動化や空飛ぶ車などの電気エネルギーの高効率利用、さらには太陽光、風力等の再生可能エネルギーにおける発電と電力系統の系統連系を行う電力変換装置の高効率化への貢献に期待ができます。なお、本成果の詳細は、2025年3月15日の第72回応用物理学会春季学術講演会「β-Ga2O3 FinFET によるパワーFOM 1.23 GW/cm2の実証」で発表いたします。
1.概要
酸化ガリウム(β-Ga2O3)※1は、シリコンに代わる高性能材料として同じく開発が進められている炭化ケイ素(SiC)※2や窒化ガリウム(GaN)※3に比べ、その優れた材料物性や低コストの結晶成長方法により、低損失で低コストのパワーデバイス※4を作ることができ、家電、産業用機器、電気自動車、鉄道車両、太陽光発電、風力発電など、さまざまなパワーエレクトロニクス機器への適用が期待されています。また、搭載する電気機器の小型化や高効率化につながるものとして、国内外の企業および研究機関において研究開発が加速しています。
株式会社ノベルクリスタルテクノロジーは、2019年からβ-Ga2O3 MOSFETの製品化を目指して、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度「10 kV級酸化ガリウムトレンチMOSFETの研究開発」「反転MOSチャネル型酸化ガリウムトランジスタの研究開発」に取り組んできました。今回、高耐圧β-Ga2O3ドリフト層を有するMOSFETゲート電極端部に Mg イオン注入による高抵抗ガードリング構造※5を設けることによって、β-Ga2O3 MOSFET における PFOM※6 の世界最高値 1.23 GW/cm2を達成しました。本開発の成果により、パワーエレクトロニクスの低価格化や高性能化につながる、中高耐圧(0.6-10 kV)の酸化ガリウムトランジスタの開発が大きく前進します。
2.今回の成果
(株)ノベルクリスタルテクノロジーでは、これまでβ-Ga2O3 MOSFETを開発してきましたが、ゲート電極端部への電界集中により、高い絶縁破壊電界強度(6~8 MV/cm)を有する酸化ガリウムの優位性を十分に引き出せていませんでした。他材料では電極終端部にp型導電層※7を用いて電界集中の緩和を行いますが、酸化ガリウムはp型導電層技術が未確立であり、同様の手法を適用することができませんでした。そこで今回、技術的に未確立なp型導電層の代わりに、深い準位を形成するアクセプタ不純物※8のMgをイオン注入※9、活性化熱処理※10工程を経て添加した高抵抗β-Ga2O3層をガードリングとして用いました。
図1に、今回開発したβ-Ga2O3 MOSFETの断面構造、平面レイアウト図を示します。開発したトランジスタの特徴は以下の通りです。
・パワーデバイスに求められる低損失化、大電流化に有利な縦型デバイス構造
・p型導電層を用いずにノーマリオフ化が可能なサブミクロンメサ幅のチャネルを複数有するマルチフィン構造※11
・ドナー濃度7.5×1015 cm-3、厚さ55 µmの高耐圧β-Ga2O3ドリフト層
・電極終端の電界集中を緩和するために電極終端周辺領域のβ-Ga2O3へMgイオン注入を行ったガードリング構造
試作したβ-Ga2O3 MOSFETは、メサ幅 0.2 µm、ゲート長 3.5 µm、フィン長さ 70 µm、フィンピッチ 5 µmのフィンを10 本有しています。
図2に試作したβ-Ga2O3 MOSFETのドレイン電流-電圧特性を示します。ゲート電圧0 Vで電流が流れないノーマリオフ特性を示し、ソース電極面積(50 µm × 60 µm)で規格化した最大電流密度は218 A/cm2、特性オン抵抗は21.6 mΩ・cm2(Vgs = 5 V)を示しました。
図3にドレイン電流およびゲート電流のゲート電圧依存性を示します。ドレイン電流オン/オフ比は8桁以上と大きく、サブスレッショルド係数※12は162 mV/decadeであり良好なトランジスタ特性が得られました。
図4に、ゲート電圧およびソース電圧を0 Vに固定してドレイン電極に正の電圧を印可した時のソース電流、ゲート電流特性を示します。Mgイオン注入によるガードリング構造を適用することにより、耐圧が適用前の1.6 kVから5.15 kVまで向上しました。ガードリング構造適用前後のβ-Ga2O3ドリフト層中の最大電界強度を見積もるとそれぞれ2 MV/cm、3.72 MV/cmになります。Mgガードリングによってゲート電極端への電界集中が緩和され、ドリフト層中の電界強度を高めることが可能となったと考えています。
図5にパワーデバイスの性能指標となる特性オン抵抗(Ron,sp)と破壊電圧(Vbr)の関係を示します。電極終端領域のβ-Ga2O3へMgをイオン注入して形成したガードリング構造を用いることにより破壊電圧が大きく向上しました。その結果、ガードリング適用前の13.3倍にあたる、1.23 GW/cm2という良好なPFOM値を得ました。このPFOM値はβ-Ga2O3 FETにおける世界最高値であり、他の研究機関が発表しているβ-Ga2O3 FET最高値の3.2倍です。
3.今後の展開
β-Ga2O3 MOSFETの終端構造の高度化をヘテロp型半導体材料NiO等も活用して行い、電極終端部の電界集中をさらに緩和します。高度化した終端構造によりβ-Ga2O3の高い絶縁破壊電界強度(6~8 MV/cm)の特長を引き出し、SiCを超える性能のβ-Ga2O3パワートランジスタの実現を目指します。
■用語解説
※1 酸化ガリウム(β-Ga2O3)
Gallium Oxideのこと。ガリウムと酸素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。
※2 炭化ケイ素(SiC)
Silicon Carbideのこと。ケイ素と酸素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。
※3 窒化ガリウム(GaN)
Gallium Nitrideのこと。ガリウムと窒素の化合物で、ワイドギャップ半導体の一つです。
※4 パワーデバイス
高耐圧、高電流を制御することが可能な半導体素子のことで、インバーターなどの電力変換機器に用いられま
す。
※5 ガードリング構造
電極終端部の電界が集中する箇所にドリフト層と異なる型の導電層を配置することで等電位面を横方向に伸ば
し、電界集中を緩和する構造です。
※6 パワーフィギュアオブメリット(PFOM)
Vbr2/Ron,spで求められ、パワーデバイスの性能を評価するために使用されます。数値が大きい方がより性能が
よいことを示します。
※7 p型導電層
導電性の半導体において電流を流す粒子が電子ではなく正孔である半導体層です。
※8 アクセプタ不純物
電子を捉えて負に帯電する半導体中の不純物です。一般的には、電子を捉えることによって半導体中に正孔が発
生してp型半導体になります。
※9 イオン注入
半導体への不純物添加技術の一つです。不純物原子をイオン化して数十kVから数百kVの電圧で加速して半導体
中に打ち込みます。
※10 活性化熱処理
イオン注入時に半導体が受けた損傷を回復させ、注入不純物の電気的働きを促進するための熱処理です。通常
600-1200℃の温度が用いられます。
※11 フィン構造
ゲートがチャネルの2面あるいはチャネルを包むように位置しダブルゲート構造を形成しているMOS電界効果ト
ランジスタのチャネル部の構造です。フィン(魚のひれ)の形状をしていることからフィン構造と呼ばれていま
す。
※12 サブスレッショルド係数
トランジスタのオフ性能を示す性能指標で、電流量が一桁増えるのに必要なゲート電圧です。MOS界面の品質等
で増加(劣化)します。
■問合せ先
(株)ノベルクリスタルテクノロジー
《研究内容》営業部 TEL:03-6222-9336
《報道関係》上記に同じ